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知識労働においては、量を規定するより行動指針を示せ!の巻

もうすぐ4月だというのに、まだまだ寒いですね...早くコートを脱ぎたいです!

さて、今回もドラッカーの名著「プロフェッショナルの条件」の「なぜ成果があがらないのか」の中で、特に印象に残った内容を下記に列挙したいと思います。

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なぜ成果があがらないのか(つづき)

・今日の組織では、自らの知識あるいは地位のゆえに、組織の活動や業績に実質的な貢献をなすべき知識労働者は、すべてエグゼクティブである。

・知識労働者は意思決定をしなければならない。命令に従って行動すればよいというわけにはいかない。自らの貢献について責任を負わなければならない。自らが責任を負うものについては、他の誰よりも適切に意思決定をしなければならない。

・知識労働は、量によって規定されるものではない。コストによって規定されるものでもない。成果によって規定されるものである。

・知識による権威は、地位による権威と同じように、正統かつ必然のものである。彼らの意思決定は、本質的にトップの意思決定と変わらない。

・通常、彼らは、自分ではコントロールできない四つの大きな現実にとりまかれている。(中略)しかも、それら四つの現実のいずれもが、仕事の成果をあげ、業績をあげることを妨げようと圧力を加えてくる。

・第一に、時間はすべて他人にとられる。

・第二に、自らの現実の状況を変えるための行動をとらないかぎり、日常業務に追われ続ける。(中略)彼らに必要なのは、本当に重要なもの、つまり貢献と成果に向けて働くことを可能にしてくれるものを知るための基準である。だがそのような基準は、日常の仕事の中からは見出せない。

・第三に、組織で働いているという現実がある。すなわち、ほかの者が彼の貢献を利用してくれるときのみ、成果をあげることができるという現実である。(中略)通常、成果をあげるうえでもっとも重要な人間は、直接の部下ではない。他の分野の人、組織図の上では横の関係にある人である。あるいは上司である。

・第四に、組織の内なる世界にいるという現実がある。(中略)しかるに、組織の中に成果は存在しない。すべての成果は外の世界にある。(中略)組織の中に生ずるものは、努力とコストだけである。あたかもプロフィットセンターがあるかのごとくいうが、単なる修辞にすぎない。内部には、コストセンターがあるだけである。

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ゲリラ戦の兵士の話は「なるほど!」と思いました。知識労働においては「量」を規定することよりも「行動指針」を決めておくことの方が重要かもしれないですね。

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