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勉強ではあっても研究ではないってどういうこと?の巻

M&Aのレポートも終わり、ようやく本当に修論に集中できる環境になりました。何気なく昔の資料をパラパラ見ていたら、某教授の「論文道場-ロジカルシンキングの作法を教えます」というコピーに目が止まりました。以前、読んだ形跡があるのですが、全く記憶にありません。でも、パラパラ読んでみると「おおおっ、なるほど~!」と思う節がたくさんあったので、再度ジックリ読んでみました。主な内容は下記の通りです。

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論文における問題の立て方

・そもそも、研究における問題とは何だろうか。試験問題が良い例で、問題であるための条件のひとつは解答があることである。⇒(リコヤンの考察)つまり、「プロジェクトマネジメントのあり方」といった「あるべき論」は研究にはならない。いや、研究になり得るかもしれないが、それは「問題」とは言わない。

・調査であれば、何かを調べてまとめればひとつの形ができるが、それは勉強ではあっても研究ではない。⇒(リコヤンの考察)ここに大きな落とし穴があったと考えている。つまり入学前、自分がやりたかったのは「調査」であって、「研究」ではなかったということ。この差に気づいた後、「なんだよ~!研究なんてやりたくないよ~!」としばらくダダをこねて、時間を大幅にロスしてしまった。

・問題が立てられない場合、それは解答がわからないからである。なぜ、解答がわからないのかというと、それは勉強不足だからである。⇒(リコヤンの考察)勉強不足=先行研究レビュー+自分なりの論理の組立が不足、と今では理解している。

・それでは、問題と解答はどのようにしたら掴むことができるのか。これは千差万別で一般化が難しいが、多くの問題の中から解答がおぼろげにでも見えているものから検討することが、特に修士論文や博士論文のような時間の限られた研究では重要となる。⇒(リコヤンの考察)うちのK教授もこの点は強調している。

・研究とは、解答の方向性についてある程度見通しがついた段階で初めて着手できるものと言えよう。そういう意味では、問題を立てることを焦ってはならない。⇒(リコヤンの考察)自分はここでまだ立ち止まっている気がする...

・つまり「従業員の士気を向上させる業績評価システムはどのようなものか」という問題を思いついた背景には、「業績評価システムが従業員の士気を向上させない」という状況が存在していたからであって、問題を反転させることによってそこに焦点を当てることができる。⇒(リコヤンの考察)なるほど!

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つづく

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